海外でのいちごの歴史と原産国|いちごとは

日本で農作物としていちごの栽培が本格的に始まったのは、明治時代になってからですが、海外ではいちごの栽培はいつ頃から始まったのか気になりませんか。

元来、北半球では古くから各地で野生種のいちごを収穫して食料として用いてきました。

スイスにあるトゥワン遺跡より出土された紀元前3830年から3760年ごろに食べられていたとされる穀物のスープからいちごの痩果が発見されており、ヨーロッパではラズベリーやブルーベリーなどと共にいちごも食べられていたのではないかと考えられています。

日本でも平安時代の延喜式にいちごの名前が登場していますが、当時は野生の野いちごのことを「いちご」と呼び、食用として利用していたため、スイスのトゥワン遺跡より出土されたいちごとは全く異なる種類のいちごとなります

いちご,歴史,原産国

ところで、私たちが「いちご」と呼んでいるコロッとしたフォルムと無造作なヘタが可愛らしい鮮やかな赤色の果実ですが、みなさんはどこを原産国とする農作物なのかご存知ですか。

スポンサーリンク

いちごの歴史と原産国

私たちが「いちご」と呼んでいる、この可愛らしい果実は江戸時代末期にオランダから長崎県へと伝わったことから、オランダを原産国とする果実だと思っている方も多いのではありませんか。

いちご,歴史,原産国

実はオランダから長崎県へと伝わったいちごは、18世紀にオランダの農園にやってきた北アメリカ東部を原産地とする「フラガリア・バージニア (F.virginiana)」と南米チリを原産国とする「フラガリア・チロエンシス (F.chiloensis)」の交雑によって誕生した「オランダいちご (Fragaria×ananassa Duchesne ex Rozier)」という品種です。

北アメリカ原産のバージニアいちごは、16世紀から18世紀にかけて探検家や植民者によって度々ヨーロッパへと持ち帰られた品種であり、植物園を通じてオランダをはじめ、ヨーロッパ各地へと普及していったと言われています。

一方、南米チリを原産国とするチリいちごは、マプチェ族などの先住民族によって長年栽培されてきた品種であり、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパへと持ち帰られ、バージニアいちご同様、植物園を通じてヨーロッパ各地へと広まっていったそうです。

ところで、なぜヨーロッパの人々は日本人とは異なり、いちごの栽培が普及するのが早かったのでしょうか。

ヨーロッパにも野生種のいちごは存在しており、古代ローマ、ギリシャの時代には薬用植物として用いられていたそうです。その後、14世紀から16世紀にかけて野生種のいちごが栽培されるようになり、その間に新しい品種がいくつか誕生しました。

そのため、ヨーロッパの人々は他の国や地域と比べて、いちごの栽培に関する知識や技技術が高く、南北アメリカ地方から持ち込まれたいちごの栽培にも積極的に取り組んでいたのではないかと推考されています。

ちなみに、オランダいちごの祖先である野生種のいちごは石器時代の頃から食料として用いられていたと言われるほど非常に古い歴史を持っており、現在のいちごよりも小粒で甘みも少なかったそうです。

まとめ

今回は海外でのいちごの歴史と原産国についてご説明させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。

いちご,歴史,原産国

私たちが普段食べているいちごが北アメリカ東部を原産地とする品種と南米チリを原産国とする品種の交雑種であることに驚いた方も多いのではありませんか。

日本では江戸時代末期に長崎県へと伝わったオランダいちごを明治時代の農学博士・福羽逸人氏によって日本初の国産いちご「福羽」が誕生し、今では福羽を血統の血統を継ぐ「とちおとめ」や「あまおう」、「とよのか」などが人気を集めています。

国産いちごの起源であるオランダいちごについてこれまでご存知無かった方も、これを機に興味を持って頂けたらと思います。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする